メンバーの活動1「中野区にも常設のプレーパークが!」 大橋美紀

2023年10月12日の中野区議会子ども文教委員会で、子ども政策担当課長が「令和7年(2025年)秋に常設プレーパークを江古田の森公園に開設する」と高らかに(私にはそう聞こえました!)報告しました。この言葉を聞いて私は嬉しくて涙がこぼれそうでした。というのもプレーパーク常設化までには長い道のりがあったからです。

プレーパークとの出会い

プレーパークは「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーにするイギリス発祥の「冒険遊び場」をお手本に世田谷区羽根木で1979年に始まりました。私がプレーパークに出合ったのは、1984年の長女が2歳で世田谷に住んでいた時でした。その思想に触れて子どもを思いっきり外遊びさせたいと思い、駒沢公園の自主保育「駒沢おひさま会」に参加しました。自主保育は園舎のない幼稚園で保育者と親が公園を渡り歩きながら遊び、共同で子育てをするサークルです。
1985年川崎に転居し、自主保育「くるみの木」を立ち上げ公園を巡るうちに、子どもの足で30分くらいのところにある林の中の素敵な公園を見つけました。川崎市宮前区の有馬ふるさと公園です。公園での活動はなんと、樹木の伐採計画に反対することから始まりました。やがてプレーパークの立地にぴったり!と、仲間と「プレーパークポレポレ」を立ち上げ、中野に転居する1992年まで運営にかかわりました。川崎市の「プレーパークポレポレ」は現在でも活動継続中です。

中野区立上高田台公園

上高田に引っ越して直ぐに近所の上高田台公園のリニューアルに伴う建設委員会に応募して参加しました。中野区主催で町会や専門家、公募区民も交えた会議ではどんな公園にしたいか話し合いました。私は、区民参加してプレーパーク設置を目指してワークショップ型式の話し合いを提案しましたが、時期尚早と実現しませんでした。
3年後の1995年にバスケットゴールのある運動広場、大型遊具、ビオトーブ、そして草地の遊び場のある上高田台公園が開園しました。直ちに地元有志で運営委員会を立ち上げ、9年後の2004年に定期開催(月4回程度開催)のプレーパーク「夢発見!草っパラダイス」を始めました。その後ずっと中野区にプレーパークの常設化を要望してきたのです。

中野区での常設プレーパークに向けて

状況が変わり始めたのは、中野区が子育て政策に力を入れるようになってからです。プレーパーク常設化は酒井直人現区長の第一期目の区長選(2018年)の公約の1つでした。2021年には「中野区に子どもの権利に関する条例」が策定されました。医師会が子どもの外遊びを推奨するようになりました。そして子どもを外遊びさせたいママたちの活発な活動により2023年4月には区内5ヵ所でプレーパークが定期開催されるなど常設化に向けて機運が高まりました。冒頭で述べたように2023年10月に中野区議会子ども文教委員会での担当課長の発言につながったのです。今後は、2024年秋の1ヵ月間の社会実験を経て2025年秋に中野区に常設のプレーパークがオープンする予定です。
上高田台公園のリニューアルに伴う建設委員会でプレーパークを提案して32年、こんなに歳月がかかると思いませんでしたが、ようやく常設プレーパークの道が開けました。子どものやりたい気持ちを応援する、そして子どもに寄り添う大人のプレーリーダーのいる、遊びたい子が「今度いつやるの?」と聞かなくても、毎日行ける、「常設プレーパーク」が実現します。 江古田の森公園は中野区北西部なので、願わくは、中野区の中央部と、南部にも常設プレーパークを。そして、区内どの地域の子どもでも歩いて行ける範囲にプレーパークができるといいな、と期待しています。

(プレーパークのほか、大橋さんは仲間と運営する上高田東高齢者会館を拠点に上高田みんなの食堂、コロナ感染症発生以降は弁当配布とフードパントリーの活動をしています。大橋さんは2023年社会福祉法人中野区社会福祉協議会からプレーパーク「夢発見草っパラダイス」を開催している区立上高田台公園運営委員会代表として表彰されました。)

写真 上:スラックラインに挑戦 中:夏は水遊びが一番 下:中野区社会福祉協議会の特別表彰状