「包括的性教育とは、―今、なぜ必要なのか―」 学習会の報告
主催:中野区生活クラブ運動グループ地域協議会 まちなかの運営会議
日時:2026年4月25日 13時30分~15時30分 於:中野区野方区民活動センター2階 ギャラリー
お話:中央大学教育学部教授 池田賢市さん
『包括的性教育をはじめる前に読む本』の著者で共生、人権をキータームに研究・活動をされている池田賢市先生をお招きして学習会を開催しました。
1.包括的性教育学習会の経緯と目的
中野区生活クラブ運動グループ地域協議会が包括的性教育に関心をもつようになったきっかけは、小学6年から高校1年女子へのヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの定期接種の積極的勧奨が2022年に、同年代年男子にも任意定期接種が翌年に開始したことでした。重篤な副反応への不安や疑問がぬぐえないことから、2024年に2回のHPVワクチンについて学習会を開催しました。2回の学習会では、立場の異なる3人の専門家が、子どもたちにはHPVワクチンを接種前に「包括的性教育」を学ぶ機会が必要と、同音異句で述べられました。
それならば大人も学ぼうと、昨年7月から本年4月まで池田賢市先生の『包括的性教育をはじめる前に読む本』をテキストに月に1回の輪読会を開催しました。
輪読会を通して、旧来の性教育しか受けていない大人に包括的性教育を知ってほしい、そして今後どのように包括的性教育をより多くの人に伝える方策を考えるために池田先生に中野にお呼びしました。
2.包括的性教育をめぐる動き
はじめに細野かよこ(中野・生活者ネットワーク区議会議員)から、日本弁護士連合会が学習指導要領の改訂に包括的性教育の導入、教育現場において事実上運用されている性交を教えてはならないというという「歯止め規定」の撤廃を求める会長声明がだされたことや、中野区の状況を紹介しました。

3.「包括的性教育とは、―今、なぜ必要なのか―」 池田賢市先生のお話(概要)
包括的性教育は、日本でイメージされる「性教育」とは異なり、「性=生」ととらえ、「生きること」そのもののあり方を人権の観点から問おうとするものです。
〇日本とユネスコなど国際機関の教育、人権についての「子ども観」の違い
「包括的性教育」を理解するための前置きとして、日本とユネスコなどの国際機関が示す「子ども観」の相違を確認しました。
・世界人権宣言第26条の「教育の権利」を日本では「教育を受ける権利」と訳しているが、原文では「教育に向かう権利(right to education)」となっています。
・子どもの権利条約第3条で謳われているのは日本語訳では「子どもの最善の利益」ですが、「利益」に当たる英語はinterestsであって、興味、関心事というイメージで使われています。
・子どもの権利条約12条での「意見表明権」も、「意見を形成する能力がある子ども」という表現を誤解して、意見(opinions)を述べる能力があることを前提としていると思われがちですが、英語では「意見」の部分はviews(見方)であって、子どもからの見え方が考慮されるものです。日本と国際機関の示す「子ども観」の違いは性をめぐる議論でも顕著に表れます。
〇「包括的性教育」の観点から子どもの人権・権利をめぐる課題
その問題とは、性器と性交についても扱う「性教育実践」へのバッシング、学習指導要領における「歯止め規定」、性感染症から子どもを守るというイメージから「純潔教育的性道徳」が行われてきたことです。結果として性に関する重要な知識や捉え方から子どもたちを遠ざけてしまっています。その仕組みを解きほぐしていく必要があります。具体的な課題はジェンダー・バイアスによる思考枠組みからの解放ということになりますが、もっと根本的に「性」を「生」の問題として多面的に把握することで、社会のあり方、生活のあり方が変化してきます。
〇「包括的性教育」とは
2009年にユネスコ、国連合同エイズ会議などが共同で発表した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」で、各国にその推進が求められることになった教育が「包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education)」です。包括的性教育の中心にある概念「セクシュアリティsexuality」は、セックスsexという言葉でイメージされる身体に関する医学的・解剖学的な知識習得ではなく、人間関係全体を対象とした教育を構想するものです。身体的、心理的、精神的、社会的、経済的、政治的、文化的側面に着目し、「包括的」に問題を把握としようとする概念です。
包括的性教育の内容は、8つの「キーコンセプト」(1.人間関係、2.価値観、人権、文化、セクシュアリティ、3.ジェンダーの理解、4.暴力と安全確保、5.健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル、6.人間のからだと発達、7.セクシュアリティと性的行動、8.性と生殖に関する健康)からなります。カリキュラムは、5歳から18歳までを4つの年齢グループに分け、キーコンセプトごとに設定されたいくつかのトピックについて理解、態度、スキルの獲得を繰り返しながら積み上げていきます。人間関係、人権といった項目から始まり、生涯にわたって「自分らしく生きる」ことを問う内容です。
〇「包括的性教育」をすすめるために考慮すべきこと
日本の学校の中で包括的性教育を実践するためには、まず、学校全体が人権文化によって支えられていなければなりません。そのためには性をめぐる問題に対する①「寝た子を起こすな」論、②「勘違い(考えすぎ)」論、③「被害(被差別)者責任」論などの態度を改める必要があります。
また、学校以外でも日常生活の中での無意識のマイクロアグレッション(人種、ジェンダー、性的指向、宗教を軽視したり侮辱したりする敵意ある否定的な表現)に気がつき、知らず知らずのうちに相手を深く傷つけたり、その精神的な安定を失わせたりしていることを認識し見直していく必要があります。
包括的性教育は「性」の観点から人間関係の問題、価値観や人権の問題を捉えようとしています。人の生き方全体を包括する、そういう概念として「性教育」を位置付けています。
(概要は池田先生のレジュメを基に作成しました。)
4.ディスカッション
参加者は20代~70代までの35名。
ディスカッションでは「スカートが好きな友人(男子)がいる」「区別と差別の違いは」「子どもに権利があるとして選挙権はどう考えるのか」「学校の現場では……」「子どもには意見をいう権利があり、赤ちゃんは泣くことで権利を訴えていることが分かった」「性教育のイメージが変わった」など活発に話し合われました。
5.アンケート集計
学習会終了後、アンケートの17名の参加者から回答をいただきました。
1.包括的性教育についてご存知でしたか?
□良く知っている:2 □知っている:3 □名称は知っている:6 □知らなかった:5
2. 今日の学習会はいかがでしたか?
□とてもよく理解できた:13 □参考になった:3 □難しかった:1
3.この学習会をどこで知りましたか?
□チラシ:4 □友人・知人から:12 □掲示板:0 □地域協議会ニュース:1 □SNS:0
4. あなたの年代、お住まいについて
□10代:0 □20代:1 □30代:1 □40代:2 □50代:3 □60代:6 □70代以上:3
□中野区内:4 □中野区外:0
5.包括的性教育についてのご質問・ご意見、またどのようなテーマにご興味がありますか?
・私の50年来のもやもやに言葉を与えていただきありがとうございます。家族全員で聞きたかったです。
・差別と能力差の扱い
・とても勉強になりました。優しいトーンで話してくださり素直に心に入りました。(一方、現実にどう対応して良いのかよいか難しい面も多々あったります。)
・まずは、自分の子供に対する接し方の参考にしようと思います。
・差別やジェンダー不平等の問題が解決できない社会だからこそ、子どもも大人も「包括的性教育」に学んで行くことがとても大切だと思いました。
・できるところから。
・貴重なお話をありがとうございました。「性=生」いきることそのもののあり方を人権の視点から問おうとするもの、ジェンダー・バイアスからいかに開放するにはマイクロアグレッションに注目し加害者意識を持ち合わせて行きたいと改めて感じました。
アンケートでは、回答者17名中11名が「包括的性教育」の内容を知らなかったと答えています。お話を聞いた後では、よくわかった、参考になったが16名でした。他にも、自分を見つめる機会になった。良い学習会だった。これからも一緒に学習したいなどの感想をいただきました。
今後も新しい人権教育として包括的性教育の理解が進むよう活動をしていきます。


