コロナ後の都市の姿 —もう止めてほしい、垂直スプロール—(サンプラザ計画を例に)

正井泰夫「地図でみる江戸東京の変遷 広がる東京」

 

都心から周縁へ市街地が手足をだらだらと伸ばしたように拡大していく様をアーバンスプロールといいます。明治以降、東京では都市の西欧型近代化が進むにつれて、無秩序な拡大を抑える試みがされてきました。
しかし、関東大震災や太平洋戦争の後の地方から東京へ、都市部から周縁への人びとの急激な移動や高度経済成長期以降のマイホームブーム、鉄道網の整備と相俟った不動産開発意欲は関東一円に拡大していきました。
中野区がスプロールに飲み込まれたのはまさに震災後、戦後のことでした。スプロールの結果は、水平方向に人工的環境が地表を広く覆い、緑の減少と自然地、田畑の喪失を招きました。

経済的環境的負荷を高める垂直スプロール

新都市計画法(1968年)は都市の健全な発展と公共の福祉の増進を目的に①市民参加による計画作りと②行き過ぎた都市化を抑制する目的に作られたものです(大塩洋一郎1975年)。しかしその目的は十分な効果を果たさないでいるうちに、次に生じたのが無秩序な垂直方向のスプロールです。

垂直方向のスプロールは、日本初の高層建築霞が関ビル(1968年オープン)を皮切りに、建築技術の進歩に合わせて制度を書き換えながら超高層ビル群が出現して、空を奪い、日陰をつくり、景観を変えてきました(霞が関ビルディング | 都市の記憶~歴史を継承する建物~ | 特集記事 | オフィス物件数最大級の三幸エステート (sanko-e.co.jp) )。さらに大深度地下利用(本サイト1月25日参照)は、地上に収まらなくなった道路や鉄道、雨水調整池の建設を地下深く水平・垂直方向へとスプロールして、その影響は地上部の陥没という形で表れています。

垂直方向のスプロールは、限られた敷地面積に対して容積率を数百、数千パーセントと積み上げることで起こります。結果として狭い敷地でも床面積(オフィスや住宅)を増やし不動産価値を高める錬金術のような仕組みです。人口の増加、商業施設の賑わい、経済性がある、と歓迎する人が多く存在します。

しかし、過度の人口増加は、相対的に公園、路上の密度を上げ、公共施設の増設を必要とし、上下水道、エネルギー量の需要が高まるとともに、より多くの廃棄物、排水、排熱が生じます。超高層ビルのビル風が、まちを歩く楽しみを損なうと危惧する声もあります。垂直方向のスプロールには経済的環境的負荷を高める側面もあるのです。

気候危機を過小評価している中野区のまちづくり

さて、中野区では旧警察大学校等が跡地(現在の四季の森公園一帯)となった2001年から、前区長の下で本格的な駅周辺まちづくり計画がはじまりました。当時でさえ、都心部(恵比寿、六本木など)の再開発が一巡し「周回遅れの開発」と言われました。それから20年間に、中野4丁目計画(中野セントラルパーク、四季の森公園)はすでに完成し、現在は中野二丁目で大規模な工事が進んでいます。中野駅周辺まちづくりパンフレット (tokyo-nakano.lg.jp)

2月6日には、中野区が現在の区役所とサンプラザを合わせた敷地の複合施設計画提案事業者から第1候補と次点の二団体を発表しました。(kaikensiryou.pdf (tokyo-nakano.lg.jp)。いずれの計画も高さ200m (NTTビルの2倍)を超える高層ビルを含みます。2021年現在、この計画は周回遅れどころか時代遅れの計画です。中野区は、コロナ禍を理由に様ざまな部門で来年度予算を削っている中で、サンプラザ計画(中野駅新北口エリアにおける拠点施設整備)については意欲的な予算を計上しています。

この計画が「時代遅れ」の理由は、コロナ禍と気候危機が今後世界に及ぼす影響を中野区が過小評価していることです。超高層ビルが建てば、経済効果が大きいという意見もありますが、テナントが入ってのことです。都心部では、コロナ発生以降オフィス勤務が減りリモートワークが増加し、本社ビルを売却する大企業が現れています。密を避ける取り組みがなされ、イベント、ライブが成立しなくなっています。大規模な劇場は経済性が担保されているのでしょうか。

成長を続けてきた都市のあり方はコロナ禍を契機に時代の分岐点に立っているのです。実は都市のあり方への警鐘は、少なくとも半世紀前から出されていました。(今、大規模再開発することは、ちょっと古い例えですが、太平洋戦争末期の日本軍がいつまでも日本の勝利を信じて時代遅れの大型の軍艦をつくっていたのと似ていませんか。)

2月6日の区長記者会見資料「中野駅新北口駅前エリア拠点施設整備民間事業者募集の選定結果について」12ページ

望まれる中野区の実情に即したまちづくり

そもそも中野区は面積15.59㎢に人口約33.5万人(2021年1月1日現在)の、日本で最も人口密度の高い自治体のひとつであり、区民一人当たりの公園面積は1.27㎡(2018年4月1日現在 23区中22位)しかありません。人口は地域の環境容量をはるかに超えた過密状態です。第一回緊急事態宣言の外出自粛時に、休校になった子供たちが行き場を失い、自宅自粛を余儀なくしている人たちの憩いの場も足りませんでした。

区内に水源もなく雨水を涵養する緑地もなく、田畑も牧場もなくすべての食糧を外部に依存しています。廃棄物処理施設を持たない中野区は、全ての廃棄物を外部に排出しています。総じて中野区は環境負荷の高い自治体であることを忘れてはいけないのではないでしょうか。(都心部のヒトの活動の集積は自然の包容力をはるかに超えています。(大西文秀 2013年)

コロナ禍を、これからのまちの姿を考える機会に

サンプラザの再開発計画は気候危機を意に介さない、大規模開発、賑わい、不動産の貨幣価値を重視した計画です。コロナ禍が収束すれば、との期待もあるかもしれませんが、たとえCovid19のワクチンが効果を上げたとしても、気候危機が続けば新たな疫病によるパンデミックはより頻繁に発生する可能性があります。

コロナ禍は、サンプラザ建て替え計画を抜本的に見直す機会を与えてくれています。私たちは経済も大切だと考えています。しかし、大規模開発がもたらすものが当面の賑わいであっても、長い目で見れば気候危機を助長する負の遺産になることを懸念しています。

コロナ後、そして気候危機の時代は、都市においても緑地を増やし、豊かな生態系を修復することが地域の価値を高めます。市民も参加して、命、健康、環境を重視する計画への見直しと、快適に過ごせる都市の姿を考えてみたいです。

 

参考文献
正井泰夫「地図でみる江戸東京の変遷 広がる東京」『地図で見る江戸東京の今昔』1993年
大塩洋一郎『増補 都市計画法の要点』1975年 住宅新報社
大西文秀 『流域圏から見た日本の環境容量』2013年大阪公立大学共同出版会