障がい者が道を、街を、世界を知るための技術

話題提供:渡辺哲也さん (新潟大学 工学部 人間支援感性科学プログラム)
日時:2024年8月17日 (土) 13:30~15:30
会場:野方区民活動センター2階 ギャラリー

今回のオープンオフィスデイは、触地図を研究開発し普及に努めている渡辺哲也さんにお話しを伺いました。「触地図」とは、道路やランドマーク、点字が紙面より0.3㎜~0.6㎜浮き出している視覚障がい者が指先で触って理解できる地図です。

 

渡辺さんは高等専門学校で電気工学、大学で生体工学を学んだ後、水産庁、障がい者職業センター、特別支援教育研究所の勤務を経て現在に至っています。触地図のほかにも工学技術で障がい者をサポートする研究をされてきました。

触地図作りとの出合い
渡辺さんがコンピューターを使って紙にプリントする触地図の研究を始めてから16年になります。それまでの触地図は地球儀や世界地図、国、地方などの地図を厚紙にタコ糸を貼り付けるなどの手作業で長時間かかるものでした。より簡易な触地図作りのヒントを得たのは、2004年にアメリカのリハ(リハビリテーション)工学会議に出席してスミスケトルウェル視覚研究所の新しい技術に出合った時でした。
その後2008年から触地図自動作成システムの開発を始め、以後改良を続けてきました。2010年に東京の田町で地図のシンポジウムを開いたときに、視覚障がいのある方が実際に触地図を使って東京タワーから田町の会場まで歩くという実験をして無事に成功したそうです。

触地図の種類
地図には下記の表のとおり様々な種類と目的、スケールがあります。

触地図の制作方法
触地図の作り方は大きく分けて3種類あります。
1. 主に道路地図などは、カプセルペーパ(立体コピー用紙)に道路を自動で描画する触地図作成システムtmacsで作ります。又はtmacsに手書きを支援する触地図作成支援システムを組み合わせて作ります。(二つのシステムは渡辺研究室で開発されてWebで公開されています。)
2. 交差点模型などは、素材(厚紙、スチロールボード)を貼り合わせて作ります。手間と時間がかかります。
3. 教材用地形模型、ハザードマップなどは、3Dプリンターと国土地理院地図をもとに高さを3倍以上にして海岸線や河川を強調します。

触地図提供サービス
渡辺さんは、2010年6月から視覚障がい者の個別のニーズに応じて触地図を作成して送付しています。これまでに250種類1000枚以上提供してきました。例えば、日本地図、いくつかの東京都特別区、銀座など町、JR駅構内、代々木公園マラソンコース、テーマパーク(ハウステンポス)、京都御所、ダイヤモンドプリンセスの船内、山手線やバス路線、ハザードマップ、ロシアのウクライナ侵攻がどこで起こっているかを示す地図などです。
道路地図、駅構内図、テーマパークの配置図などを作るときは、地理情報の正確さを期すためには現場に赴きます。京都御所では実際に歩いてその広さに驚いたそうです。また、大きな交差点模型や敷地図の作成は厚紙やスタイロフォームの切り貼り作業で長時間かかります。綿密な駅構内図や路線図でも改築や配置が変わると作り直さなければなりません。
盲学校では、学生は触地図や地球儀など触る経験をします。盲学校から地形の高低差を触ってわかる3Dハザードマップを要請されたことがあるそうです。公共施設は、ハザードリスクの高い川のそばなどに立地しがちなため、利用者が事前に地理情報を把握することは重要です。
大人になると日常的に地図を触る経験をする機会が無くなります。触地図は大人にとっても世界を知るよろこびにつながりますし、ハザードマップは災害リスクの軽減につながります。渡辺さんの触地図提供サービスは、視覚障がい者の生涯学習の機会を提供することから、令和4年度「障害者の生涯学習支援活動」に係る文部科学大臣賞を受賞しました。

今後の触地図づくりの目標
現在、触地図提供サービスは新潟大学の渡辺研究室が担っています。依頼者の要望に沿ってオーダーメイドの触地図を提供しています。しかし、視覚障がい者が簡単に手に入れて日常的に利用するまでには至っていないことから、渡辺さんは今後の目標として、次の三つを挙げています。
1. 触地図作り作成マニュアル/テキストの作成
2. 触地図作成講習会を開催して作成者の増加とサービスの継続性
3. 3D印刷地図の有効性の検証

触地図普及活動の場として次の二つを紹介していただきました。
1. 触地図作りの体験:高田馬場にある日本点字図書館で触地図を作る会を不定期に開催しています。
2. 第16回 サイトワールド2024:視覚障がい者向け総合イベント:11月1,2,3日:すみだ産業会館サンライズホールで触地図を紹介します。(sight-world.com)

最後に(中野・生活者ネットワークの取り組み)
オープンオフィスデイ当日、参加者はひとりひとり実際に触地図を指で触る体験をしました。渡辺さんが作られた野方周辺の道路地図には環状7号線と西武新宿線と最寄り駅の野方駅が太く浮き上がった線で、商店街や生活道路が網の目のように細い線で描かれ、会場の野方区民活動センターとその前のバス停がランドマークとして大小の半円状の粒で示されていました。

西武新宿線野方駅と野方区民活動センター周辺の触地図の一部

そのほかに品川駅構内図、世界地図なども触らせていただきました。
これまでにオープンオフィスデイでは視覚障がいを持つ松田さんご夫妻にお話をお聞きしてきました。2022年9月には松田茜さん(現在会員)視覚障がいがある方のに暮らしの工夫と課題についてお話いただきました。翌月10月には松田さんと一緒に中野駅北口周辺を歩いてバリアチェック調査をしました。また、2023年11月のオープンオフィスデイでは「盲導犬と歩けば」と題して 夫の松田誠二さんからは盲導犬とともに歩き始めたときの体験談をお聞きしました。ふたりのお話から、外出時に目的地までのルートを白杖、盲導犬のほかにも様々な機器の利用でより歩きやすくなることを知りました。さらに触地図が加わることで、自宅周辺の地理情報をより面的に得られるのではと思いました。渡辺さんがタイトルで示されたように「触地図は道を、街を、世界を知る」技術なのだと実感しました。一方で、すべての視覚障がい者に指先で読む点字が適しているわけではないように触地図が適さない方がいることを踏まえておきたいと思います。そのうえで、中野・生活者ネットワークとして「触地図」の存在を紹介するあるいは、触地図(自宅周辺の道路地図とハザードマップ)の普及に協力するなどできることを考えていきたいです。

報告:加藤まさみ

参加者のコメント
「視覚障がい者用の音声で操作するスマホがあるということを知りすごいと思いました。今日の先生の触地図作成すごい大変なお仕事、頭が下がる思いです。障がい者の方たちもホントに助かると思います。
今日は貴重なお話をありがとうございました。触地図を触らせていただく機会もよかったです。ありがとうございました。素晴らしい地図でした。もっとたくさんの方に今日のお話を聞いてほしかったです。

触地図作成の講演を聞いて
触地図を作るに当たっては、すべて手で作っていることを知り、驚いた。
データの画像を触れるようにするためには、見える方と視力障がい者当事者で協力をして初めてきちんとしたものを仕上げることができると聞き、改めて互いの力を合わせることの大切さを感じた。
この講演会を聞いて考えたことは、駅や役所など、公共施設の触地図は、できる限りあったほうが良いと思った。とくに中野区役所は、新庁舎になったばかりなので、作成を検討したほうが良いと思う。

松田 茜

触地図について

以前から触地図の存在は知っていましたが今回の話を聞きいろいろな形のものがあるとわかり、とても参考になりました。実際自身も日本地図のものが欲しいなと思っていました。

しかし、地域または場所の限定の地図が作れるなんて本当に凄いと思いました。

何か欲しいものがあったときは依頼したい思いますので、その際はよろしくお願いいたします。

松田誠二